下町芸術祭2021を振り返って【こて隊レポート】 2021.11.05

新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の生活やアートに大きな影響を与えました。コロナ禍においては、アートが「不要不急」か否か、という葛藤も踏まえつつ、安全性の観点から、オンラインライブイベントやバーチャル空間を活用した作品展示など、主に非対面・非接触での表現のあり方が模索されてきました。一方で、こうした状況は、現実空間におけるアート実践の価値や可能性を捉え直す機会でもあるように思います。

 

今回開催された下町芸術祭は、「下町」という空間や、人の手による表現・直接の体験にこだわりがあるといいます。私は下町芸術祭に参加する中で、実際にまちを訪れ、自分の身体感覚を通じてアートやまちの空間と対面するとき、そうしたこだわりのもつ意味が改めて見えてくると気づきました。

 

本稿では、下町芸術祭の空間と作品、人との関係に焦点を当てながら、特に印象的であった展示やアートスペースについて振り返っていきます。

 

まずは、丸山地区の企画「丸山 宙を上る街道」について。

神戸電鉄丸山駅のすぐそばからアクセスできる展示会場が「バラックリン」です。一面に生い茂る緑の中で、建築物の上に高く掲げられた紅白のリボンがひときわ目立つこの会場では、バラックの中にも外にも並ぶ骨董品や作品が来場者を出迎えます。

居住空間でもあるという一帯の建築物は、それ自体がひとつのアート作品のようにも思える独特の雰囲気を醸し出していました。

 

駅から街道に沿って歩けば、橋の上からでも色鮮やかな作品が来場者の目を引きます。苅藻川川辺の「丸山アンダーザブリッジ」に展示された作品「丸山、ハロ~!」は、アーティストのほか、会期前に有志の参加も募りながら制作されました。色とりどりに着色された無数の軍手が集合し、大勢が手を振っているかのような賑やかさがあります。

また、橋を挟んで反対側に位置する旧大日温泉は、その歴史を感じる佇まいと銭湯らしい構造がほぼそのまま残る空間が印象的でした。下町芸術祭期間中にはトークイベントやライブパフォーマンスが開催され、多くの来場者が訪れる様子は、アートスペースとしての新たな価値の創出を実感させるものです。

 

次に、新長田・駒ヶ林地区に視点を移したいと思います。

築80年以上もの歴史をもつ角野邸での展示は、駒ヶ林地区の中でも特に見所たっぷりです。和洋折衷のつくりを活かしながら、それぞれの空間に作品が展開され、かなり間近で鑑賞することができます。

 

どの作品も興味深いものでしたが、例えば、古民家の一室を浸食するかのような「粘菌座敷」は、網目状の造形もさることながら、光の角度によって様々なかたちで襖に映り込むシルエットが妖しくも面白いです。

また、鉄さびによって表現された作品「ひきうける」は、歴史ある和風建築の居室において、いままさに朽ちていくかのような親和性があります。

どれも、空間と作品がそれぞれの魅力を高めているように感じられる点が印象深かったです。

 

駒ヶ林地区のイベントインフォメーションセンターとなっていた閑居永門は、現在も建築家の方の別宅として使われる建物であり、壁一面に並ぶ書籍もそのままに、展示会場としても使用されていました。密やかに書架に佇む、不思議な姿形をした小さな造形作品たちはなんと40種類以上もあると聞き、他にも探してみたくなります。

 

旧駒ヶ林保育所もまた、屋外、屋内ともに、多くの作品が展示されていました。保育所としての面影を感じるこぢんまりとした部屋の中、アーティストによる作品の数々が独特の存在感を放ちます。

 

そのほか、すべてを見ることはできませんでしたが、まちの様々な場所が魅力あるアートスペースとして、個性豊かな展示や講座、パフォーマンスの舞台となっています。

 


 

下町芸術祭を通して、作品やパフォーマンスそのものの魅力とともに、会場である「下町」との組み合わせから生まれる非日常感を存分に味わうことができました。

暮らしの気配が色濃く漂う「下町」は、いわゆる観光地や美術館のような「よそゆき」の顔をしていません。古民家や空き家、使われなくなった施設などを活用した会場は、まちの歴史や暮らしと地続きです。人々にとって、居住、創作・表現、マネジメント、鑑賞等、様々な関係性の中で、アートはより身近でオープンに存在しているようでした。多くの屋外展示をはじめ、各所に点在する作品と地域空間の曖昧な境界は、アートと日常を緩やかにつなげながら、確かな身体性のある非日常を形作っています。

また当然ながら、どの展示やパフォーマンスも「いま」「ここ」にしかない体験です。コロナ禍以前から、私たちの社会では急速に情報化が進展しています。様々な行動、経験がデジタルデバイスやオンラインツール等によって(完全ではないにせよ)代替可能な今だからこそ、相対的に、代えの効かない体験の価値、ひとつひとつの作品やパフォーマンスの存在に含まれる「この場所ならでは」の必然性をより強く実感することになります。

丸山、新長田、駒ヶ林と、それぞれが異なる個性をもつ舞台としてアートを価値づけると同時に、アートによって新しく価値づけられている、そうした豊かな相互作用の重なりをこの下町芸術祭にみることができました。

また、それらは多くの人々の協働と支えがあってこそのものです。私自身、こて隊メンバーの一人としてそうした協働の中に少しでも携われたことを嬉しく思うとともに、下町芸術祭に関わってくださったすべての方々にこの場をお借りして感謝申し上げたいです。

 

Text・Photo: Tomoko Kodani